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琉球古武道保存振興会

Society for the Preservation and Promotion of Ancient Martial Arts of the Ryukyu Islands

 

 

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挨拶

琉球古武道保存振興会

会長 赤嶺 浩

琉球古武道保存振興会のホームページへようこそ。
このホームページの目的は、私達の会及び指導員達の紹介です。

私達の団体の古武道の技術の背景には、琉球時代から続いている長く誇りある歴史が存在します。古武道に使われる武器の多くが農具など、日常生活の中にある物から創り出されました。棒、臼の取っ手から発展したトンファ、馬具から発展したヌンチャクなどがあります。琉球古武道保存振興会では、これらの武器の使い方の訓練はもちろんのこと、武道の精神と心を育むことを大切にしています。古武道の稽古をする者にとって、他の人への言動でこの心を表すことはとても重要です。

このウェブサイトが、古武道のことを知る上で皆様のお役に立てることを願っています。更なる情報をお求めの方やコメントがある方は、私達の会もしくはサイトマネージャーまでご連絡をお願いします。琉球古武道保存振興会の道場は「支部道場一覧表」のページで検索できます。是非ゲストブックにもご記入下さい


   日本語
                                                                       1955 創立

琉球古武道保存振興会は、昔から伝わる琉球の武器を使った古武術の保存と新興を目的とした団体で、1955年に平信賢(たいら・しんけん=1897-1970)により設立されました。この前身である「琉球古武術研究会」は、平信賢の師である屋比久孟伝(やびく・もでん=1878-1941)により創設されました。

平信賢は1922年に東京へ行き、船越義珍(富名腰ともある、ふなこし・ぎちん、1868-1958)の下で空手を、1929年からは屋比久孟伝の下で琉球古武術の稽古を始めました。

1933年には、船越義珍の松濤館の支部道場を群馬県に開き、空手と古武術を教え始め、同時に摩文仁賢和(まぶに・けんわ、1889-1952)の下で古武道の稽古を続けました。1942年に沖縄へ戻り、太平洋戦争終結までそこに住みました。ようやく終戦後の貧困の中でも、沖縄の熟練した指導者達は空手の道場を再開できるようになり、ほぼ同時期に平信賢は古武術の保存と新興を目的に当団体を設立しました。彼は初代の会長となり、団体の発展のために力を尽くしました。1970年に亡くなった後には、一番弟子である赤嶺栄亮(あかみね・えいすけ、1925-1999)が後を継ぎ、二代目会長となりました。

屋比久孟伝の古武術は山根流で、知念親雲上三良(=山ヌ根ウスメー、やまぬこん・うすめー、1942-1925)の直系でしたが、赤嶺栄亮は知念先生の弟子である比嘉成一郎(ひが・せいいちろう、1890-1991)、比嘉来助(ひが・らいすけ)、赤嶺要平(あかみね・ようへい、1904-1989)、比嘉仁三郎(ひが・じんさぶろう、1900-1981)等の下での訓練を通して、佐久川の棍、周氏の棍、米川の棍、白樽の棍などの型を習得しました。

古武道の基本は少林流空手から成り立ち、武器の中では棒と釵(サイ)が中心になっています。現在は20以上の型の保存・普及がされています。

三代目会長には赤嶺栄亮の息子、赤嶺浩が選ばれ、今日にいたるまで古武道の普及に努めています。その功績もあり、現在では多数の海外支部が存在します。本部は、沖縄県豊見城市根差部にある信武館道場です。


 
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